【鬼滅の刃】第7話感想:秀逸な大正時代の浅草描写を見よ

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鬼滅の刃第7話「鬼舞辻無惨」の感想です。

前回は鎹烏からの指令で北西の街へと赴いた炭治郎のエピソード。

ちなみに、桐の箱のおぶさっていて、眠っている禰豆子がいます。

その街では夜な夜な若い女の子をさらって食い殺す鬼が生息していた、ある夜女の子の婚約相手がやつれた様子で街を歩いていて、彼から情報を得た炭治郎はにおいを手がかりに街を調べていきます。

その日の夜・・・別な女の子をさらおうとした炭治郎、いよいよ鬼との初戦がはじまりました!

状況と心情の説明がいちいち多すぎる感がありますが、それでは第7話を見ていきます!

第7話あらすじ

三人に分裂した鬼が炭治郎を追い詰める。そのとき禰豆子が鬼に襲い掛かった。
鬼になってしまった妹は守らなければいけないほど弱い存在ではない――。
意を決した炭治郎は、分裂した鬼のひとりを追い、地面に広がる沼へ飛び込む。沼の中で待ち受けていたものは―。

鬼滅の刃アニメ公式サイトより~

炭治郎の鬼討伐、後編

先週からの続きで、初の鬼討伐のエピソード、それの後編。

まだまだ鬼は倒せていません。

その鬼は地中に沼を作り、深く潜っていった、炭治郎も男を禰豆子に託し後を追うようにその沼にもぐるとそこには今まで食べた女の子の持っていた小物類が残されていました。

歯ぎしりでずっと威嚇してくる鬼に対し、空気が薄い環境で修行をしてきたので耐える炭治郎、さらに水中に強い攻撃の型(水の呼吸陸ノ型、ねじれ渦)を会得していて、鬼を2体倒していきます。

最後の鬼も禰豆子の攻撃に必死になって抵抗していましたが、最期は炭治郎の刀に首をはねられて死んでいくのでした。

鬼は16歳になる女の子をさらった理由をこれ以上長く生きると醜くなるからと言いますがそうだよね、数えの16歳ったら当時の日本においては結婚適齢期ですから。

炭治郎から鬼舞辻無惨について尋問されるもただひたすらに言えないと極度に恐れる鬼。

まあほら、さすがに怖気づいてべらべら喋るような無様な鬼じゃないよね。

どうやらこの鬼は鬼舞辻無惨により呪いみたいなものがかけられているようです。

そして、鬼の思考はもはやロリコンじゃありませんかね・・・

歳をとった女は醜くまずくなるから若いピチピチなうちに食べたいと言うんですから。

以前、まいんちゃんこと福原遥が11歳くらいのときの画と17歳のときの画を見て劣化しただのうるさい野郎が大量にいましたがそら成長を止める薬でも飲まされない限り誰だって成長していきますよ。

生まれて初めての大都会、浅草に圧倒される炭治郎

鬼を倒し朝を迎えた炭治郎はさっそく鎹烏からの次なる指令の地、浅草へと向かっていきました。

夜でも大勢の人が賑わう繁華街に圧倒させられる田舎育ちの炭治郎。

そら上京してきた人間はだれだってそうなるよね。

あいにく私は都会育ちでしたので、ガキの頃から大勢の人と高いビルに囲まれる生活が当たり前でしたが。

なんだか炭治郎が大阪から梅田にいこうとしてクソめんどくさい移動をする人みたいなことになってます。

屋台で山かけうどんを食べていると血のにおいを感じた、鬼舞辻無惨と思いそのにおいのする方向に駆けつけると・・・そこには一人の男がいました。

その男には幼子と奥さんがいた、なんと鬼が人間になりすましていたのです。

その男は通りがかりの別な男の首を爪で引っ掻いた、するとその男は鬼となり連れだって歩いていた女性に襲いかかり始めました。

おっと、鬼舞辻無惨が人間になりすましていますよ。

どうやら無惨ほどの上級の鬼になると人間に擬態できる能力を習得しているようです。

しかし、見つけた場所は人通りの盛んな繁華街のど真ん中。

こんなところで刀なんてとうてい振れません。

果たして炭治郎は一撃だけでも入れることができるのか、それとも鬼により邪魔されてしまうのか。

秀逸な浅草描写を見よ

ここで見ていただきたいのは、終盤で炭治郎たちが鎹烏の指令で赴いた浅草の街並みですよ。

浅草といえば浅草寺の門前町として栄え、 明治時代になると演芸場や劇場(当時は映画を活動写真といった)も建ち並び江戸~東京の大衆芸能と言えばここだ!と即イメージされる場所。

で、背景を見ると・・・浅草十二階こと凌雲閣がある!

凌雲閣と言えばつい数日前さらざんまい6話のラストシーンでも描写がなされた、明治~大正の浅草を象徴する建造物。

さすがに大正時代に耐震の概念はないので関東大震災において倒壊し爆破処理されてしまうんですが高層建築物がなかったあの時代において、12階建ての建物なんて非常に最先端で東洋一の高さを誇っていました。

そんな今はなき建物が今週2作品で描写されて重なるとか!

あとは雷門が存在していなかったのも時代考証がしっかりなされていていいですね。

ガバ設定だと大正時代にもかかわらず現在の雷門がなぜか建ちます。

しかし現在の雷門が建てられたのは戦後の1960年なのです。

1865年から1960年までは一時的に仮設のものが数回作られたくらいで、常設の雷門はありません。

これで日露戦争戦勝記念の凱旋門が建っていたら私なら飛び起きましたね。

惜しむらくは仲見世の前を走る市電の集電装置が戦後になって主流となったビューゲルになっていることくらいですね。

これがトロリーポールだったら満点だったのに・・・

ちなみに奥にあるのは浅草寺の宝蔵門。

この当時だから・・・空襲で焼かれる前の江戸時代に建造された門ですか。

浅草の描写に圧倒されたところで第8話でもお会いしましょう!